この記事は2015年に撮影した番組の記録と紹介になります。
インドネシアの青い炎がでる火山・イジェン山、そしてその近隣にあるジャングルと無人島で撮影が行われました。
過酷な場所で目的を達成する番組です。
我々はインドネシアの現地の撮影・サポートを行いました。
危険な場所での撮影になるため、ロケハンでまずは下見に向かいます。
きれいな海が広がる場所です。遠くに見えるのがイジェン山。ロケハンでは台本が製作途中のため、演出の方に現地の状況がわかるように必要以上の情報を収集して伝えていきます。
イジェン山の山頂。結構辛い工程で登ります。実際の撮影は火山の青い炎を撮影するため、夜中に登山を行います。
これが青い炎です。
毒ガスが発生しているため、毒ガス対策用のマスクを装着してこのあと炎の下まで降りてみます。風向きによって毒ガスに囲まれてしまうこともあり、その場合は移動が不可能になるということをレンジャー(救急隊)に教えてもらいます。
番組のためにどのルートでこの火山の火口にくるかを、レンジャー部隊と相談します。
安全上の対策として、番組用に救急隊員(医者)とレンジャースタッフの同行をお願いしたりと、安全面の打ち合わせを進めていきます。いざというときは緊急ヘリで病人を運べるように、ヘリの移送時間、連絡先やコストなどを確認します。
漁港では猫が呑気にひるねしています。
火山のつぎのチャレンジとなる、無人島への移動となる出発地点を調査します。
大まかな出港地を決めますが無人島から無人島へ渡るため、その島に実際にイカダの材料があることを確認しにいきます。
無人島に行く前に、港町で実際にイカダを作ってみます。そうすることで、どのような部品が必要かが判明し、この後渡った無人島で同じような材料があるかどうかを見極められます。
この事前作業が、後々安全な番組制作につながります。
せっかく作ったイカダですが、撮影はこのロケハンの2−3週間後なので、解体し廃棄します。
上記は実際の番組のCGです。準備を経て、番組収録に入っていきます。
山での撮影、海での撮影と非常に体力を使う撮影で、我々の若手スタッフ(徴兵制度で軍の訓練の経験者)も足の靴擦れに悩まされ、苦労していました。
山の上は標高が高いため結構寒く、焚き火で凌ぎました。
カメラマンテクの見せ場ともいえる水上撮影現場を仕切るのは浦谷清顕(うらたにきよあき)カメラマン。このあと、ボートがひっくり返りますが、自分は沈んでもカメラだけは水上に上がっているという神技でカメラマン根性を見せていただきました。
そしてこの記事の後半戦のメインを飾るのは、敏腕水中カメラマン、須山貴史(すやまたかし)さん。
ダイビング雑誌の水中撮影や数々の番組にてそのプロフェッショナルぶりを発揮されていました。イッテQの番組でも常に活躍されていました。
現場ではとても気さくで周りの方々に気を使って声をかけてくれ、撮影現場が和みました。
現地のダイバーと共に撮影前の準備をします。
水中の映像を撮ることがメインの仕事ですが、出演者が海で溺れそうになったり、イカダがひっくり返ったりした時は救助もしてもらえます。
(結局は撮影クルーの舟が転覆し、海に投げ出された荷物をすくい上げてもらいました。。)
山登りの際も、一緒に着いてきてくれました。(左が須山さん)
その須山さんですが、最近ふとしたことで連絡取れないかと、連絡先を探していましたところ、2021年11月(?)にお亡くなられた、ということで、ショックを受けました。
墓参りに行くほど親しくさせていただいてはいなかったのですが、とても残念でとても良い方でしたので、私の記録としてこのページを打つきっかけとなりました。
転覆して、海に投げ出された携帯電話で須山さんを撮った写真です。
お笑い芸人の Wエンジン チャンカワイ さんが、須山さんの訃報をブログで記載されていまして、そこで訃報を知ることになりました。
まだまだ若かったのに、残念です。
やりきれず、Amazonで須山氏の写真集を購入。シンガポールに郵送してもらいました。
写真集に彼のサインが欲しかった。。サインがなくても自分の中に彼の笑顔と共に記憶が記載されていると思い、この写真集、大事にします。
南国シンガポールから、須山貴史さんのご冥福をお祈りさせていただきます。
放映された番組です
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